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『症状がなければ親知らずは抜かないでそのままにしましょう・・・』
こんなやりとりされたことがあるのではないか。
かかりつけ歯科医院でそのように言われ、ずっと親知らずを残してあるケースを多々見かける。
症状がなければ抜かなくていい、これは正しい判断なのか?
病的で症状がある親知らずは抜歯の必要性があることはコンセンサスが得られているが、症状がない親知らずの抜歯について、医学的なコンセンサスが得られていない。
つまり、症状のない親知らずの抜歯の必要性は歯科医師の裁量によるのだ。
『抜いたほうが良い!』『抜かなくても良い!』この発言はどちらも正しいことになる。歯科医師が変われば言うことが180度変わっても不思議ではない。一番困るのは患者さんである。『抜かなくていいのであれば抜かなくていいじゃん。』と思う患者さんは圧倒的多数で、抜かないで放置する人がたくさんいる。抜かないリスクを知らされないまま。親知らずの抜歯に慣れていない、外科処置のトレーニングを積んでいない歯科医師は、積極的に抜こうとしないし、抜くことを勧めない場合が多いように思う。しかし、抜かないと何が起こるかを説明されていないために、抜かないことが真っ当な考え方として定着してしまうのである。
では、何をもって抜くか抜かないかを決めれば良いか。
親知らずを抜くことのリスク(麻痺や腫れ、痛み)を説明できる歯科のスタッフは多いが、親知らずを抜かないこともリスクを伴うことはあまり語られない。抜くことのリスクばかりが先行して説明されていると思わざるを得ない。
では、抜かないことでどんなことが起こりうるのかを、科学的根拠(医学論文)を踏まえて紹介したい。
①親知らずのむし歯
⚪︎親知らずは17歳から24歳の間に出てくるため、25歳を過ぎると手前の歯(第二大臼歯)の親知らずに接するところのむし歯リスクが高くなる
Vandeplasら. Does Retaining Third Molars Result in the Development of Pathology
Over Time? A Systematic Review. J Oral Maxillofacial Surgery 2020 ; 78(11) : 1892-1908
⚪︎親知らずが虫歯になる確率は年齢により様々で、24~80%と報告されている
Garaasら. Prevalence of third molars with caries experience or periodontal pathology
in young adults. J Oral Maxillofacial Surgery 2012 ; 70(3) : 507-513
⚪︎口の中に出ているか、少し出ている親知らずをもつ中高年(52~74歳)の米国人2003名の調査では、その77%にむし歯を認めた
Fisherら. Third molar caries experience in middle-aged and older Americans : a prevalence study. J Oral Maxillofacial Surgery2010 ; 68(3) : 634-640
⚪︎手前に傾く親知らずや、少し出ている親知らずは、後ろに傾いたり、真っ直ぐに埋まっている親知らずよりもむし歯リスクが高い
Toedtlingら. Precalence of distal surface caries in the second molar among referrals for asymptomatic third molars : a systematic review and meta-analysis. Br J Oral Maxillofacial surgery 2019 ; 57(6) : 505-514
②親知らずの腫れ•親知らずの痛み(智歯周囲炎)
⚪︎親知らずを残すこと、特に、手前に傾いている状態、または、少し出ている親知らずを残すことは、智歯周囲炎(親知らずの痛み・親知らずの腫れ)のリスクを有意に高くする
Vandeplasら. Does Retaining Third Molars Result in the Development of Pathology
Over Time? A Systematic Review. J Oral Maxillofacial Surgery 2020 ; 78(11) : 1892-1908
⚪︎下あごの親知らずの炎症(智歯周囲炎)は25歳までは16%で25歳以降には32%となり倍となる
Vandeplasら. Does Retaining Third Molars Result in the Development of Pathology
Over Time? A Systematic Review. J Oral Maxillofacial Surgery 2020 ; 78(11) : 1892-1908
⚪︎59%の下の親知らずは智歯周囲炎の既往のため抜歯となっているという研究がある
Carmichaelら. Incidence of nerve damage following third molar removal : a West of
Scotland Oral Surgery Research Group study. Br J Oral Maxillofacial Surgery 1992 ; 30(2) : 78-82
③手前の歯(第二大臼歯)のむし歯or外部吸収
第二大臼歯の親知らずと接しているところがムシ歯になるケースがある。
⚪︎近心傾斜や水兵埋伏智歯による第二大臼歯歯根外部吸収は決して珍しくない(20.17%)
Wangら. External root resorption of the second molar associated with mesially and
horizontally impacted mandibular third molar : evidence from cone beam computed
tomography. Clinical Oral Investig 2017 ; 21(4) : 1335-1342
⚪︎第二大臼歯と第三大臼歯の直接接触が認められる場合、無視せず積極的な経過観察もしくは予防的抜歯が推奨される
⚪︎35歳を超える年齢が第二大臼歯歯根外部吸収のリスクである
上に示す論文のように、下あごの親知らずの多くは、将来的にむし歯や智歯周囲炎(親知らずの痛み、腫れ)になることが報告されている。
歯科医師や歯科衛生士は、どちらのリスクも患者さん側にしっかり説明し提示する必要がある。
いつかは症状が起こり、抜かざるを得ない状況になるリスクが高いことを踏まえた上で、残すという結論を出すのであれば、個人の意見を尊重し納得できるものとなるだろう。
最後に、抜歯というのは、若ければ若いほど(高齢と比較して)容易であり、加齢とともに難易度が上がっていく(後日詳細を記載予定)。60歳、70歳で抜かざるを得なくなった時に、体が健康である保証はない。
個人的な考えだが、結果的に抜くことになるのなら、若いうちに抜いておくことをお勧めしたい。